Nov15Thu

愛書家が選ぶ今月の6冊 「鈴木一誌さん」ハンサムなデザインとは? 後編

2018.09.09

時間とは何か?それを考えることが、
ハンサムなデザインを生み出していく。

前回、ハンサムなデザインとは「差分の可視化」というお話をしました。今回はもう一歩踏み込んで、そこに「時間」という概念を導入して考えてみたいと思います。例えば、デザイナーである杉浦康平さんの名作といわれる『わが解体』の装丁は、表紙に大小さまざまな文字が印刷されています。これは遠くから見るとまず一番大きい「わが解体 高橋和巳」というタイトルと著者名が目に入り、ちょっと近づくと中くらいの「わが内なる告発」というサブタイトルが見える。さらに近づくと、一番小さい本文の引用が見えるという仕掛けになっています。つまり、平面に時間を潜ませることによって立体的なデザインになっている。

この時、我々が感じている時間は、リズムと言い換えてもいいかもしれない。『リズムの本質』によれば、リズムは実在しません。拍はメトロノームで計れますが、リズムはその拍によって人間の内に起こる心的現象であるというわけです。だからこそ人間は、音楽の概念であるはずのリズムを、建築の柱の間隔にも視覚を通して感じることができる。それは永遠に続く時間というのっぺりした状態に人間が耐えられないからでしょう。だから、それを分節化してくれるリズムが必要であり、デザインが必要になる。

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以上は止まっている時間を動かすというデザインの話ですが、その逆に、動いている時間を止めるのもデザインの重要な役割のひとつです。例えば、今和次郎の『考現學』。今さんはもともと柳田国男のもとで考古学を学んでいたのですが、関東大震災を経験して、日常がもろくも崩れ去るものだということを痛感したからでしょう、現代について考えることにした。それが「考現学」です。この本では“銀座の飲食店一覧”や“喫茶店の客の配置”といったことから、“ある女性の散歩のルート”まで事細かに観察して、イラストに起こして分析しています。このイラストが素晴らしいんですが、そうすることで何を視覚化しているのか。生活のレイアウトです。そうやって自分の現在について考えるきっかけを与えてくれるものも、ハンサムなデザインといえるのではないでしょうか。

同じようなことをロンドンの超高級ホテルを舞台に文章で展開しているのが、ジェフリー・ロビンソンの『ザ・ホテル』で、これも面白いです。
しかし、現在のデザインが「考現学」のようなことをやるのはかなり難しいかもしれません。なぜなら、人間のあらゆる行動がビッグデータ化されていて、そのどれをデザイン化すべきかが見えにくくなっているから。そうすると、1人でデザインをするのは困難になり、結果として大企業的な人々を消費者と見なすデザインが流通してしまっているのが現状です。だから、今のデザイナーに必要なのは、そうした膨大なデータを自分なりに分類して、系統樹化する思考力かもしれません。その際に役に立つのが、三中信宏の『分類思考の世界』と同著者の『系統樹思考の世界』です。

最後に紹介したいのが、『ピダハン「言語本能」を超える文化と世界観』。アマゾンの一部族であるピダハンについて書かれた一冊です。彼らがすごいのは、直接体験できる概念しか持ってないこと。だから、色も数も宗教もないし、過去形もないから時間もない。彼らはそういったものが実体のない架空のものだとわかっている。読むと我々が常識と思っているものが激しく揺さぶられます。
いずれにしても、何気ない日常の中の時間についての思考を促してくれる本は、ハンサムなデザインについて考える際に役立つと思います。

●すずき・ひとし 1950年、東京都生まれ。ブックデザイナー。主な著書に『ブックデザイナー 鈴木一誌の生活と意見』『重力のデザイン 本から写真へ』『画面の誕生』など。




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『わが解体』
高橋和巳

大学紛争時の自身のあり方を自ら告発したエッセイ。※写真は鈴木さんの私物。現在は文庫本のみ。河出書房新社、920円。


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『リズムの本質』
ルートヴィヒ・クラーゲス

人間を取り巻くさまざまなリズムを考察した哲学の書。※写真は鈴木さんの私物。現在は新装版のみ。みすず書房、2,700円。


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『考現學』
今 和次郎

東京をスケッチすることで“今”を考察した一冊。※写真は鈴木さんの私物。『今和次郎集』(全9巻、ドメス出版)に収録。


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『ザ・ホテル 扉の向こうに隠された世界』
ジェフリー・ロビンソン

伝統と格式を守り続けるロンドンの超高級ホテル〈クラリッジ〉の舞台裏に迫ったドキュメント。文藝春秋、695円。


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『分類思考の世界 なぜヒトは万物を「種」に分けるのか』
三中信宏

世界を体系的に理解するためには万物に名前をつけ、分類する必要がある。しかしそこにはある困難があった。講談社、880円。


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『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』
ダニエル・L・エヴェレット

キリスト教を布教すべくアマゾンの奥地に赴いた著者が見た、少数民族ピダハンの驚くべき世界とは? みすず書房、3,400円。




Tarzan No. 748 スポーツジムに行こう!掲載 〉
取材・文/鍵和田啓介 撮影/小川朋央