Aug15Wed

愛書家が選ぶ今月の6冊 「鈴木一誌さん」ハンサムなデザインとは?

2018.08.05

見慣れたものを新鮮に。「差分を可視化」してみよう。

ブックデザイナーの私にとって、ハンサムなデザインとは何か? 難しいお題ですが、おそらく「ズレを手渡す」こと、クリエイティブディレクターの佐藤雅彦さんの言葉を借りるなら、「差分の可視化」だと言えると思います。見慣れたものでも、「こう見たら新鮮じゃないですか?」と提案すること。それこそがハンサムなデザインではないでしょうか。というわけで、今回はそうした視点を獲得するための本を紹介しようと思います。

1冊目は『ゼロからトースターを作ってみた結果』。これはイギリスの美術大学に在籍していたトーマス・トウェイツさんが、卒業制作でトースターを作るという体験記です。鉱山で手に入れた鉄鉱石と銅から鉄と銅線は作ることができた。でも、どうしても作れなかったのがプラスチック。それでゴミ捨て場から拾ってきたポリバケツで代用してしまうんですが、そこには彼なりの理屈があるんです。地質時代というのがありますよね? 現在は1万年前から「完新世」というもっとも新しい区分にされていますが、最近の学説によるとさらに新しい時代に突入したそうで。それが「人新世」。人間がここまで環境を変えてしまったのだから、地質時代も変わっているということですね。だから、ゴミ捨て場のポリバケツももはや自然の一部だろうというのが、トーマスさんの理屈。トースターを作るという不思議なプロジェクトが、地球を見直す契機になってしまう。まさに差分を可視化。

人間以外の生き物の視点で世界を見つめ直すというのも、ズレを生み出すひとつの方法です。『生物から見た世界』は、マダニやウニなど人間ではない動物には世界がどう見えているのかを思考した革命的な本。しかし、観察記なので、どうしても著者の主体性が残っているんですね。その点、『動物の見ている世界』は、よりダイレクトに動物の視点に立てる一冊です。猫は近眼だとか、馬は350度見渡せるといった解説とともに、その視覚をヴィジュアル化した絵本です。人間は「これが赤である」ということにしているけど、自分の見ている赤と隣にいる人の赤が同じであると確認できたためしがない。そう考えると、人間のコミュニケーションはえらく不安定だとわかります。

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世界を実数ではなく比率で見てみる、これもまた差分の可視化と言えます。『世界がもし100人の村だったら』は、世界を100人の村として見直してみることで、地球の現状を浮き彫りにした一冊。このアイデアをさらに突き詰めたのが、『もしも地球がひとつのリンゴだったら』。例えば、地球の表面積をリンゴにしてみると、農地として使われているのは32分の1。それで世界中の食物がまかなわれている。この本で自分の置かれた地球の現状を、より俯瞰して見ることができます。

最後に紹介したいのが、『宇宙人としての生き方』。宇宙の視点から地球の文明を見直した本です。それによると、2000年後には、地球の重さと人間の重さが一緒になるらしい。そうなったら地球ごと沈んでしまうのか……。あと、現代は人類が初めておばあさんという存在を持った時代だそうです。かつては出産などで亡くなられた方が多かったのですね。現在は「おばあさん文化」の時代かもしれない。そうした視点から世界を見直してみるのも面白いですよね。いずれにしても、世界の新しい見方を提案してくれるこうした本が、ハンサムなデザインを考えるきっかけになると思います。

●すずき・ひとし 1950年、東京都生まれ。ブックデザイナー。主な著書に『ブックデザイナー 鈴木一誌の生活と意見』『重力のデザイン 本から写真へ』『画面の誕生』など。




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『ゼロからトースターを作ってみた結果』
トーマス・トウェイツ

トースターを原材料から作ることは可能なのか? そんなアイデアを形にした爆笑必至のドキュメント。新潮社、750円。


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『生物から見た世界』
ユクスキュル/クリサート

マダニなどの観察を通し、すべての動物はそれぞれに特有の知覚世界があることを明かした古典的名著。岩波書店、720円。


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『動物の見ている世界』
ギヨーム・デュプラ

最新の研究に基づき、動物や昆虫がどのように世界を見ているのかを解き明かした、仕掛け絵本。創元社、2,400円。


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『世界がもし100人の村だったら』
池田香代子

世界を100人の村に縮めることを通して、世界の現状をわかりやすく考察した一冊。マガジンハウス、836円。


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『もしも地球がひとつのリンゴだったら』
デビッド・J・スミスほか

「地球の歴史を1年間に縮めたら……」など、スケールを変えることでさまざまな事象を思考した絵本。小峰書店、1,500円。


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『宇宙人としての生き方アストロバイオロジーへの招待』
松井孝典

ビッグバン以来150億年の時間スケールのなかで、環境問題、食糧問題など地球の文明を考えた一冊。岩波書店、760円。




Tarzan No. 746 もう一度、泳いでみよう。 掲載 〉
取材・文/鍵和田啓介 撮影/小川朋央