Oct21Sat

薬師丸ひろ子「時を経ても色褪せない。そんな楽曲の世界観を再発見しています」

2017.07.13

80年に発売された写真集の表紙はセーラー服姿で正座し、一途にカメラを見つめる姿。“当時のその雰囲気で撮らせてください”というカメラマンの無茶振りに快く応じてくれた薬師丸ひろ子さん。履いていたヒールを脱ぎ、カメラの前ですっと正座をしてくれた。
女優として歌手として息の長い活動をしてきた人。なのにこの驕りのなさ。いや、だからこその包容力。

昨年9月には歌手活動35周年を記念し、春日大社で初の野外ライブが行われた。この6月にライブ音源によるベストアルバムをリリース。内容は井上陽水が書き下ろした新曲『めぐり逢い』を除くと、『セーラー服と機関銃』『メインテーマ』など、歌手・薬師丸ひろ子の象徴とも言える名曲ばかり。

「鳥の声や虫の声、アルバムにはそういう音も入っています。いつものコンサートとはまったく違って、まるで見えないものに歌わされているような感覚でした。その場所と私と歌が違和感なく、全てがあるがままにそこにいる、というような」

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その日披露された『戦士の休息』を聴いた同年代の男性たちのなかには、一気に青春時代にワープしたのだろう、感極まって涙する人も少なくなかったという。それにしても、35年分を総括するベストアルバムとは、なんと壮大な企て。

「数字だけ聞くと、自分でもびっくりです。でも若い頃の歌を今歌うのが恥ずかしいという気持ちは一切なくて。ユーミンさん、井上陽水さん、中島みゆきさんといった方々が、いくつになっても歌える詞の世界を提供してくださったんだなと改めて思いました」

たとえば、松本隆作詞の『あなたを・もっと・知りたくて』という曲。20代の頃は、〈今何してるの?〉〈どこにいるの?〉と相手のことを全て知りたいという恋心をポップに歌った。今は、

「たとえ離れていても私はあなたのことを思っています、と心の中で人に寄り添い続ける気持ち。そんな歌に聞こえてきたんです」

曲の解釈は年月を経て変化したが、透明感と伸びのあるファルセットは健在。中島みゆきの楽曲、『時代』の歌い出しのキーの高さにはっとする。今もデビュー当時と同じ原曲キーで歌い続けているという。

「芝居はスタッフみんなで感情を共有して、別の人間を作り上げる作業。それはプライベートがどんな状態でも変わりません。でも、歌はもっとデリケートで自分自身の感情にすごく左右されるんです。悲しいことがあると高い声が出なくなることに最近気づきました。今年の初めに映画の撮影があって、病気の娘を持つ母親の役をやったんです。演技で泣いて泣いて。その後ライブリハーサルがあったんですけど、高い声は出ないし歌っていても楽しくないんです。“ああそうか、お母さんの気持ちを引きずっているんだ”と気がついて。その後は持ち直せたのですが、原曲キーで歌いますという宣言を取り消そうかなと思ったくらいです」

もちろん取り消したりはしない。あくまで作り手の作品を忠実に再現することに心を砕く。メロディは楽譜通りに、歌詞ははっきりと聞き取りやすく。

「あまりクセがないことが私の特徴かもしれません。自分流には歌いません。それもあるんでしょうか、ある高名なクラシック評論家の方がご自宅で名盤と呼ばれるようなクラシックの鑑賞会をしていたそうで、いつも鑑賞会の最後に、“さあ今日も最後の曲になりました。薬師丸ひろ子さんをお届けします”と。その会に参加していたお友達からそれを聞いて、ええー!?とびっくりしてしまいました」

作品に忠実に。それは音符を厳格に再現するクラシック奏者の流儀に通じる。と考えると、クラシックの名盤のラストに薬師丸ひろ子の歌。それも頷けるエピソードだ。

「作曲家の方が書いてくださった音符の一つ一つには、こちらが想像している以上のこだわりがあるんです。一つでも外したらその曲になりません。宮藤官九郎さんの脚本も同じで、言いにくい台詞がときにあっても、それを全部言わないと宮藤さんの脚本にならないんです。3度くらい生まれ変わったら自分流にアレンジしてもいいかなと思いますけど(笑)、今は曲に忠実でいたいんです」


『Best Songs 1981-2017 〜Live in 春日大社〜』
『Best Songs 1981-2017 〜Live in 春日大社〜』薬師丸ひろ子
Victor/CD+Blu-ray+BOOK7,400円、CD+DVD+BOOK6,400円、CD3,000円。

●やくしまる・ひろこ 女優、歌手。13歳の時、映画『野性の証明』で映画デビュー。3年後、主演映画主題歌『セーラー服と機関銃』で歌手デビューを果たす。今回のライブアルバム以後、新たな試みのアルバムをリリース予定。


Tarzan No.722 脱げるカラダ 掲載 〉
取材・文/石飛カノ 撮影/石原敦志 スタイリスト/井上はこね ヘア&メイク/小泉尚子