Oct21Sat

渡辺一平(200m平泳ぎ世界記録保持者)インタビュー「期待に応えるような結果を出さなくてはいけないと思う」

2017.06.30

北島康介に憧れて、平泳ぎという種目でずっと彼の背中を追い続けてきた。今、世界記録保持者になった彼は、まだまだ彼には近づいていないと考えている。

渡辺一平

今年1月に開催された、東京都選手権水泳競技大会で、世界記録を更新したのが、渡辺一平である。男子200m平泳ぎ、記録は2分06秒67であった。これまで、山口観弘が4年以上保持していたタイムを0.34秒上回り、世界で唯一06秒台をたたき出した選手となった。まずは、このときの様子を聞いてみた。

「本当は、調子はそんなによくなかったんです。100mでも全然、自己ベストの更新ができなくて、中国からライバルのイェン(・ズーベイ)選手も来ていたんですが、負けてしまって……。いろんな人に東京都選手権なんだから、なんて言われたりしていたんです。だから、200mは勝負にこだわったというか、勝ちたいという思いだけを持って臨んだ。世界新記録なんてことは、頭の片隅にもなかったです。だから、もちろんびっくりしましたけど、その前にもいい記録が出ていたので、奥野(景介・早稲田大学総監督)さんとも年末年始に、近々、出せるんじゃないかという話はしてたんです。当日は、“それがまさか今日か!”っていう驚きがありましたね(笑)」

渡辺一平

昨年行われたリオデジャネイロ・オリンピックでは、準決勝で2分07秒22のオリンピックレコードを出したのだが、決勝では6位という結果に終わってしまった。1位はカザフスタンのドミトリー・バランディンで、記録は2分07秒46である。つまり、準決勝に近いタイムを出していれば、金メダルの可能性まであったわけだ。これには、渡辺自身も非常に悔しい思いが残ったと言う。

「昨年4月にオリンピック代表に選ばれたのですが、そのときの代表選考会では2分09秒台だったんです。だから、オリンピックでは、2分07秒台を出してメダルを獲るという目標を立てたんです。ただ、本番では準決勝で、記録的には目標を達成してしまった。しかも、オリンピックレコードで。まさか!っていう気持ちになったし、次に対する目標設定というのができなくなってしまった。燃え尽きたというか、目指すところがわからなくなってしまったんですね。だから、決勝では準決勝のときと同じことをしようと考えたんです。あと0.2秒ぐらいで世界記録を更新できるのに、そういう気持ちを持たずにレースをしてしまったので、ああいう悔しい結果になったんでしょうね。でも思い返すと、もし決勝で、準決勝と同じぐらいのタイムで優勝していたら、今、世界記録を出せていなかったと思います。6位という不甲斐ない成績だったからこそ、世界記録を更新してやるんだという気持ちを持って練習ができた。それが、東京都選手権に繫がったし、みなさんに注目してもらえる存在になることもできたんですよね」

渡辺一平

さらに今年、4月に行われた日本選手権は、世界選手権の代表選考の場でもあった。ここで渡辺は、100m、200mともに2位という結果。優勝したのはリオで5位に入った小関也朱篤だった。

「あの選手権は、もちろん自己ベスト更新は狙っていたのですが、それ以上に課題を見つけていたんです。世界新記録を出したときの(50mごとの)ラップを見ると、後半はこれ以上上げようがないタイムだった。普通、水泳では最初はペースを落として後半に入るのですが、それではもう記録に繫がらないということですね。だから、選手権では今までより速いペースで入って、後半バテたらバテたで、持久力強化という課題を明確にできる。だから、結果としては負けてしまったのですが、今、自分がやらなくてはならないことがわかったというのは、大きな収穫だったと思っているんです」

そして、渡辺は今年7月に行われる世界選手権に向けて、新たな目標を立てた。それが、とてつもないモノなのだ。なんと2分05秒台で優勝すること。これを達成するためには、前半の100mを1分0秒台でターンしなくてはならないし、後半のペースもできる限り落とさないことが必要となる。渡辺はもともと後半に強い選手であるが、これは容易なことではない。しかし日本選手権で見つけた課題に真摯に取り組んでいけば、決して不可能なことではないようにも思える。弱冠20歳の青年は、この先、どこまで伸びていくのか注目してもらいたい。

渡辺一平

自分に必要なモノは何かをずっと考えていた。

小学校2年生で水泳を始める。トップスイマーの中では、遅いほうであろう。きっかけは3歳上の親戚のお兄さんがやっていたから。憧れたのだ。小さいときから、水に対しての恐怖感はなかった。

「バスケットもやっていて、どっちにしようかと思っていたときもあったんです。そんなときに、ちょうど北島康介さんのアテネ(オリンピック)のレースがあったんです。それを見て、こういう人になりたいと思った。2004年の出来事でしたから、僕が7歳のときなんですよ」

渡辺は身長193cm、足のサイズは30cmある。日本人としては、とても恵まれた体格だが、クロール、背泳ぎ、バタフライに比べ、平泳ぎは体格がメリットになりにくい。他の3種目は腕を水面から抜く時間があるし、キックは上下動なので抵抗がかかりにくい。足が大きければ、強い推進力にも繫がる。ところが、平泳ぎの脚は、キックをした後に戻す動作で大きな抵抗を受けるし、腕も水中に入ったままだ。カラダが大きければ、抵抗も大きくなる。渡辺のカラダを生かすなら、他の種目を選んだほうが有利だ。もちろん、世界記録を出しているので、種目の選択は間違っていなかったのだが、北島康介の影響だったのだろうか。

渡辺一平

「それもひとつの理由なんですが、最初から平泳ぎが一番いいフォームで泳いでいるって言われていましたから。自分でも合っているなと思っていましたし。それでも小学生の頃は特別速い選手ではなかったですね。中学でも全中(全日本中学校水泳競技大会)には出たのですが、決勝に残れない程度の実力でした」

中学校3年生のときに、国体にも出場することができた。しかし、このとき内心では水泳をやめようと思っていた。厳しい練習をしても、なかなか記録が伸びていかないし、両親の願いだった国体出場も果たした。これから続けていっても、いい結果は望めないと考えていたのだ。

「国体の終わった2日後、僕の友達が事故で亡くなってしまったんです。その友達が“国体に出るってスゴイ。オリンピックを目指してほしい”と、彼の両親に話していたことを聞いた。その言葉がすごく胸に響いてきて、もう少しだけは続けてみようと考え直したんです」

渡辺一平

そして、高校からは練習が一変する。中学までは先生にやれと言われたことを、ただ単純にトレースしていただけだったが、高校では練習ひとつひとつの意味、なぜこの練習が、今、必要なのかを考えながら行うようになったのである。

「地元、大分の佐伯鶴城高校という強い学校に入学しました。片道50分かけて通ったのですが、この頃から自分のために水泳をしているんだと思うようになって、身の入れ方も変わってきましたね。だから、自分に必要なモノは何かをずっと考えていました。メニューは顧問の先生が作ってくれていたのですが、高校3年生のときには、先生に断ってメニューを追加したり、減らしたりしていました」

高校1年のときに国体の少年Bのカテゴリーに出場し、初めて全国大会の決勝に残る。2年では南京で行われたユースオリンピックで、男子200mで優勝を果たす。さらに、3年では全国JOCジュニアオリンピックで100m、200mの2冠に輝いたのである。そして、早稲田大学に入学して、2年のときにオリンピック代表の座をつかんだのだ。

渡辺一平

現在も渡辺は都内にある早稲田大学のアクアアリーナで練習を行っている。練習は午後5時から約3時間。パドルやズーマーズフィンという小型のフィンを使ったりして、さまざまなドリルを行っていく。1日で8000mほどは泳ぐ。そして、大学に入って初めて取り組みだしたことがある。それが、通称ドライというメニューとウェイトトレーニングだ。ドライはプールに入る前にプールサイドで20分ほど行う、フロントブリッジやヒップレイズなどの体幹トレーニングだ。

「ウェイトは水曜と土曜に行い、ドライは毎日の練習前に選手全員でやります。これをやるようになって体幹が締まってきました。スタートが一番変わったと思います。下肢のトレーニングでジャンプ力がついたし、体幹によって飛び込むときの姿勢もよくなった。高校までは飛び込んだときに水圧でグシャってつぶれていた感じだったけれど、今は姿勢を保ったまま、槍のようにスパッと水面を割って入ることができるようになりました」

渡辺一平

7月の世界選手権では、自己ベストで優勝したい。

世界記録を更新し、多くの人に北島超えですね、と言われたという。しかし、本人はまったく、そうは思っていない。4年後の東京オリンピックに向けて、やることは多くあるようなのである。

「僕はまだ狙った大会で、狙った結果を出すということができていない。多くの人に期待されるなかで、その期待に応えることもできていない。僕が水泳を始めた当初に、北島さんに憧れたのは、誰も北島康介が負けるとは思っていないなかで、期待されている結果を残していたから。それができるところが、北島さんのすばらしいところなんですね。すごいプレッシャーだったことは、簡単に理解できますから。今、僕は世界記録を出したことで、注目してもらえるようになったし、期待もかけてもらえるようになった。だから、それに応えることが重要になってくるんです。まずは、7月の世界選手権では自己ベストを出して、優勝したい。そして、3年後の東京オリンピックでも、必ず期待に応えるような結果を出さないといけない。そう考えているんです」


●わたなべ・いっぺい 1997年生まれ。193cm、78kg、体脂肪率11%。大分県立佐伯鶴城高校の2年時に、南京ユースオリンピックの200m平泳ぎで優勝。3年生では全国JOCジュニアオリンピックで100m、200mの2冠に輝く。早稲田大学2年時にリオデジャネイロ・オリンピックに出場し、6位。今年、200mで2分06秒67の世界記録を樹立した。


Tarzan No.721 酸化・糖化・炎症 掲載 〉
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴