Nov23Thu

萱 和磨 体操選手

2017.01.31

そろそろ世代交代しないとダメ。内村航平さんに追いつきたい。

同世代の選手に追いつけ、追い越せと、懸命に練習を続けてきた努力家は、3年後の東京オリンピックでエースになるため、さらなる高みを目指している。

萱 和磨

萱和麿は日本を代表するあん馬のスペシャリストであり、次代のエース候補でもある。彼は昨年、実に大きな体験を2つした。その一つが、補欠ではあるが憧れであったオリンピックに参加したこと。後述するが、萱が体操の道に進んだのは、オリンピックがきっかけだった。ただ、今回はサポートメンバーとして帯同していたので、実際に夢の舞台に立つことはできなかった。しかし、3年後の東京オリンピックに向けての予行演習としては、非常にいい経験になったと思われる。まずは、オリンピックに関して聞いた。

「実際に出場していないので本当のところはわからないですけど、会場に行って客席の上から見ていて、案外、驚きはなかったですね。地元ブラジルの声援とか、オリンピック独特の雰囲気とかもあったのですが、それでもいろんな人に聞いたような、凄さは感じませんでした。日本選手権や世界選手権と同じというか……、でも、いい経験にはなりましたけどね」
いやはや、いろんな選手がこれだけは特別だと語ってきたオリンピックに対し、ここまで冷静に客観視できるとは、それこそが驚きである。しかし、この雰囲気を知っておくことは、これからの彼のプラス材料に必ずなってくるはずだ。

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そしてもう一つが、昨年11月に行われた、全日本体操競技団体選手権である。リオ・オリンピックで優勝した日本代表メンバーは、コナミスポーツに内村航平(今選手権は欠場)、加藤凌平、田中佑典、山室光史の4人が所属。残る1人、白井健三は日本体育大学である。一方、萱の順天堂大学は、彼をはじめ、高校総体で優勝した早坂尚人、14年のインターハイ覇者の谷川航などタレントが揃っていた。しかし、加藤凌平、そしてオールラウンダーの逸材・野々村笙吾が卒業したことで、簡単には勝てないというのが大方の見方であった。果たして、選手権は激戦の様相となる。得点は14点台後半が多く、16点台も出るほどで、これは現在の日本の体操がいかに高い水準にあるかを物語っているし、それほどハイレベルな戦いが繰り広げられていたことにもなる。そして、最終的には2位の日本体育大学に、0.05の僅差でもって順天堂大学が見事、4年ぶり優勝を果たしたのだ。

「いやぁ、本当にもう、リオで悔しい思いをしていたから、今度は自分の所属する順天堂大学で優勝したいと思っていました。昨年までは加藤さんや野々村さんが、順天堂大学を引っ張ってくれていて、自分自身も頼っていたところがあった。選手権でも2種目だけの出場だったのが、今年は6種目中5種目を任されることになったんです。2人が抜けた分の穴を、自分が埋めなきゃいけないという責任感が強かった。2年生ですけど、自分が引っ張るという気持ちを持って演技をしました。(得点を表示する)電光掲示板をあんまり見ていなかったので、勝敗の予想はつかなくて、でも獲れるところはみんな獲っていたので、大きなミスをしないという大前提はできていたと思います。選手全員で喜びを共有できるというのが、団体戦のいいところです。あのときは、本当にうれしかったですね」

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健三が世界選手権に出て、世界は近いと思い始めた。

小学校2年生のときに体操を始める。きっかけはアテネ・オリンピックだった。
「何気なくテレビを見ていたんですよ。アテネかどうかもわからなかったかもしれない。でも、もともと鉄棒とかマットとか登り棒、それに雲梯なんかの器具を使った遊びが得意で、すごく好きだったんです。それで、その延長という感じで親が体操を見せてくれたんだと思います。衝撃を受けましたね。今はもう、アナウンサーの“栄光への懸け橋だ”という声しか覚えてはいないんですけどね」

声の主はNHKの刈屋富士雄アナウンサー。そして、鉄棒の最終演技者は冨田洋之選手だった。着地が見事に決まり、日本男子が団体で金メダルを獲ったことを覚えている人も多いであろう。ちなみに現在、冨田氏は順天堂大学体操競技部のコーチを務めている。つまり、萱は憧れの人に指導を受けていることになる。話を戻そう。オリンピックに感動した彼は、地元の体操クラブに通い始める。
「みんな、逆立ちで歩いていて、僕だけできなくて、なんだろう、これはって。2年の終わりぐらいに入ったんですけど、周りはもっと早くからやっている。しかも、僕の両親が体操をやっていたわけでもないから、体操に触れ合う機会が遅くて、どうなのかなと思いながらも、これまで地道にやってきた感じなんです」

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それでも、小学校5年生で全国大会に出場する。47位だった。しかし、3年ほどで全国へ進めたというのは彼の努力のほどがわかるというものだろう。中学校に進んでも、なかなか実力が上がってこなかった。そして、中学校2年生で関東大会の補欠になるのだが、そこで、何とも凄い光景に出合うのである。
「関東大会では、同い年の白井健三選手や年上の強い選手がいっぱいいて、まったく違った世界で戦っているというのが伝わってきたんです。それを見たときから、中学校3年生にかけて(自分の実力が)一気に伸びて、全中(全国中学校体操競技選手権)で7位に入ることができたんです。それでも、同世代の中では、まだまだ下のほうだったんですけど」

今、仲間であり、一緒にやっている千葉健太、谷川航、白井健三には、どうやっても勝てなかった。追いかける存在だったのだ。そして、彼らと競えるようになるためには、ただただ練習するしかなかった。
「中学校のころに教えてもらっていた先生が、練習のやり方というかコツを教えてくれたんです。無駄な練習をしないで、効率よく技術を学ぶというような。具体的に説明するのは難しいんですが、それからは自分の中で頭を使って、考えてやるようになった。それが中学2年生の終わりぐらいからなんです。そして、これをやったことで、自分のカラダをしっかり理解できるようになった。やりすぎて、ケガをして練習ができないというのが一番よくないので、自分のできる限界までやって、そこでやめる。油断したらすぐケガをしてしまうのが体操競技なので、短期集中型の練習が重要なんですよね」

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練習を積み上げていくしか、トップと競う方法はない。

中学を卒業後、習志野市立習志野高校へ進学する。千葉県にある体操の名門高校である。そして、ここでさらに実力を高めていくことになる。大竹秀一コーチとの出会いが、萱には大きかった。
「中学校で練習の仕方や、正しい練習をして本番でそれを出すというのはわかっていました。が、どうしても僕は練習をやりすぎてしまうんです。なぜなら、僕は誰かに体操の才能があると言われたこともないし、自分が何か持っているとも思っていない。ならば、練習を積み上げていくしか、トップの選手たちと競っていく方法はない。大竹先生は僕の練習量をわかっていて抑え役に回ってくれたり、正しい道に誘導してくれました。目先のことばかりに囚われないよう、今のことばかりではなく、将来的に結実すればいい、と考えることも大切と教えてもらいました」

そして、高校3年生のとき、萱を一躍有名にする出来事が起きる。高校3年の全国高校体操競技選抜大会の個人総合で、白井健三に競り勝って見事、優勝に輝いたのである。努力の人がついに勝ち取った、まさしく結実だった。ところが、白井は再び先を走り出す。この年に行われた世界選手権の種目別ゆかで、史上最年少17歳1か月の若さで金メダルを獲得したのだ。
「先に健三が世界選手権に出てくれたおかげで、世界が近くにあるんだと思うことができました。それで、次の年の世界選手権の予選のあん馬で優勝すれば、行けるんじゃないかなと考えるようになったのです」

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翌年、順天堂大学に入学し、6月の世界選手権の予選を兼ねる全日本体操種目別選手権大会のあん馬で、優勝をつかむ。そして、10月からスコットランドのグラスゴーで始まった世界選手権の種目別あん馬で銅メダルを獲得したのである。
「でも、そんなにうれしくなかったんです。やっぱり優勝しないと。ただ、あのときの実力では、3番が限界だったとも思う。ほぼ完璧な演技をしても勝てなかったから、自分の不甲斐なさを感じてしまったのも事実です。まだまだ力をつけていかないといけないと思いますね」

萱は今も順天堂大学で練習を続けている。実際に見せてもらったのだが、鉄棒ではとにかく落下してしまう回数が多かった。油断したらすぐケガをしてしまう理由がわかった。そして、練習では技の一本一本を非常に大切にしていることも理解できた。1本試したあとは座って休んでチームの仲間と会話を交わす。無駄なおしゃべりをしているわけではない。
「アドバイスをし合っているんです。実際にやっている人間に言われると、すごく説得力があるし、聞く方も理解できる。逆に、いろんな目線から選手を見ている先生方からのアドバイスというのも、新しい発見が多々あります。この2つが得られるのが順天堂大学なんです」

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さて、強豪ひしめき合う男子体操の世界において、次代のエース候補とされる萱だが、これからの未来、東京オリンピックまでの3年をどう描いていくのか。
「オールラウンダーかつスペシャリストにならないといけないですね。そして、日本のエースになれば、代表に入り続けることもできて、東京にも繫がっていく。だから、早い段階で内村航平さんに追いつきたい。やっぱり、そろそろ世代交代しないとダメなんじゃないかなと、みんなが思っているんです。そして、みんなが自分で引っ張っていきたいとも思っている。だから、とにかく自分は上を目指して、進んでいくだけなんです」


●かや・かずま 1996年生まれ。163cm、53kg、体脂肪率3%。2013年、高校2年時に、国際ジュニア体操選手権大会で個人総合、あん馬、鉄棒で優勝。14年、全国高等学校体操競技選抜大会個人で総合優勝。15年、世界体操競技選手権で初の日本代表、あん馬で銅に輝き、37年ぶりの団体優勝に貢献。


Tarzan No.711 首&肩甲骨&骨盤 掲載 〉
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴