Oct22Mon

金井大旺(陸上競技選手)インタビュー「小さな目標のクリアがオリンピックに繋がる」

2018.09.25

歯科医である父親と同じ道を、ずっと歩み続けてきた少年がいた。
彼は今、その歩みを中断してオリンピックへの道に挑戦しているのだ。

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今年、6月に行われた陸上の日本選手権で、ひとつの日本記録が生まれた。種目は110m障害(ハードル)。前の脚がまっすぐに伸びたフォームで、ゴールを最初に駆け抜けたのが、金井大旺である。タイムは13秒36。これは、2004年に谷川聡が出した日本記録13秒39を14年ぶりに更新し、自己記録の13秒53を、0.17秒上回った。今季、金井は目標をまずは13秒4台としていたが、なかなか達成できずにいた。ところが、この大会では、いきなり13秒3台に乗っけてしまったのだ。まずは、この記録に至るまでについて聞いた。

「日本選手権に向けて、カラダの状態を上げていったんです。というよりは、選手権の決勝にピークが来るように、ですね。自分は朝起きて、立ったときに、その日の状態がわかっちゃうんです。当日はそのときの感覚がよかったので、これはイケると思いましたね。ただ、13秒3台というのは予想外だったですが(笑)。実は、大会までの調整方法も、初めて挑戦したやり方だったんですよ。予選の前々日と前日を完全にオフにして、まず予選、準決勝を戦い、そして翌日の決勝に進んだ。初めてやってみて、これはいいという感触はありました。とにかく、日本記録が出て、自信になりました」

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金井が重要視していることが、もうひとつある。それが、イメージだ。どの競技でも、レースや展開を頭の中で思い浮かべるということは大切であろう。そのなかでも、もしかしたらハードルというのは、よりイメージしやすい種目かもしれない。なぜなら、よくいえば動きが精密であり、悪くいえば型に嵌められているからだ。110m障害では、まずスタートから13.72mまでを7歩、あるいは8歩で走り、第1ハードルに至る(金井の場合は7歩)。そして、9.14mのハードル間を3歩で駆け抜けていくのである。ハードルは全部で10台、最後のハードルからゴールまでは、14.02mだ。

「具体的にいえば、去年は最初の7歩で一杯いっぱい、力を使って進んでいたんです。ただ、ウェイトトレーニングでパワーをつけたこともあって、ゆとりを持って入っていけるんじゃないかと考えていました。そして、1台目から2台目の着地姿勢だったり、インターバル(ハードル間)の捌き方だったり、練習でやってきたことを、頭の中で繰り返しイメージしていましたね。さらに、ハードルの5台、6台目からの後半も、リズムを落とさずに行けるような展開になれば、いい記録が出るはず。とにかく、スタートでリードして、最後、差されないで、失速しないギリギリでゴールすることを、いつも頭に思い浮かべていました。去年までは8台目ぐらいからスピードが落ちたのですが、今年はそれがなくなって記録に繋がったんでしょうね」

実は、金井は日本記録のときの自分の走りが、ほとんど記憶にないらしい。「1台目と2台目のインターバルで、自分が思い描いている以上に速い捌きができた」ので、それ以降はゾーンに入り、何がどうなったかが全然わからなかった、と言うのだ。もちろん、こういうことが起こるのは、常日頃から飽くなき努力をしてきたからこそ、なのである。

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続ければもっと成長できる自信があった。

小学校3年生で陸上を始めた。北海道の函館、地元のスポーツクラブの先生の勧めが、きっかけだったようだ。学校では足は一番速かった。しかし、一歩、外へ踏み出してみると、そこには凄い子がゴロゴロいた。
「初めは100mをやっていたんです。でも、全然勝てなくて。地区大会でも決勝には残るのですが、5番とか。ただ、走るのは楽しかった。ハードルは遊びでやっていました。そのクラブは自由な雰囲気があって、幅跳びが好きなら、それをやるっていう感じ。ハードルが面白いから、ずっと跳んでいて、試合に出たら優勝してしまった。地区大会なんですけど。それで、5年生、6年生のときは、どちらも北海道大会で優勝して、北海道記録も出すことができた。実は、6年生のときは、幅跳びもやっていて、5mぐらい(これは小学校の全国大会の決勝レベル)は、跳んでいたんです。バネがあったというか、跳躍種目が得意だったし、100mではこの先絶対に勝てないと思った。だから、走って跳ぶ、ハードル一本にしようと思ったんです」

実際のところは、ハードルは“走って跳ぶ”競技ではない。いかに跳ばずに走り抜けるかが、速さに繋がっていく。だから、金井も「小学生の考えですから」と苦笑するのだ。小学校時代の最高成績は、80m障害で全国2位。しかし、中学では全国に名を馳せるようなことはなかった。それには、ひとつ理由がある。
「身長がかなり小さかったんです。小学校6年生のときに、147cmしかなかった。まわりが成長期でどんどん背が高くなっていくのに、自分はなかなか伸びなかった。背が低いということは、ハードルが相対的に高くなるということです。みんなが“跳ばずに”走り抜けるところを、小学校で考えていたように跳ばなくてはならなかった。だから、全中(全日本中学校陸上競技選手権)でも、出場はしたけど、全然ダメでした」

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高校は名門、函館ラ・サール学園。ご存じであろうが、陸上の名門ではない。全国有数の進学校で、日本全国から一流大学を目指す若者が集う。なぜ、金井はこの高校を選んだのか。実は、彼の父親が函館で歯科医をしており、彼も同じ道を進もうと考えていたのだ。それには、何より学問が重要になってくる。だが、皮肉なことといってもいいであろうが、この高校でハードルに対する思いが、どんどんと膨らんでいったのである。

「あの高校で、スポーツで有名になった人ってほとんどいなかったんです。まぁ、勉学に力を入れていましたから、当然ですよね。だから、僕がインターハイで入賞すると、評価してもらえたんです。文武両道と見られているようなところもあって。身長の方も伸びてきて、176cmまで伸びました。ただ、高校3年生のときのインターハイで、5位に甘んじたのが悔しかったし、続ければもっと成長するという自信もあった。ラ・サールは毎月テストがあるような進学校ですし、練習時間もそれほど取れなかった。指導者がいるわけでもない。本当は歯科大学に進学するつもりだったけど、ハードルを本格的に練習したいと思ったんです」

選んだのは、法政大学。為末大さんをはじめとする、数多くのハードラーを輩出している、こちらは正真正銘、陸上の名門である。ただし、大学という場所は、自主性が大変に重要視される。つまり、いい指導者がいても、本人に自覚や責任感がなければ、結果を出せない場所なのだ。

「自分で考えないと成長できない環境なので、進んで監督に聞きながら、練習をしていきました。高校は一人でやっていましたから、ある程度どうすればいいかはわかっていました。ただ、監督やコーチの指導は非常に理論的で、それを享受できたのは大きかったと思います。オリンピックを目指そうと考え始めたのは、大学3年生のときの日本選手権で3位に入ったとき。追い風参考で13秒61の記録でした。そこで世界を意識するようになりました」

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卒業後は、福井県スポーツ協会の選手兼特別コーチに就任する。しかし、練習は法政大学で続けることができることになり、これまで同様に競技に打ち込める環境を整えることができた。そして、これが今年の日本記録へと繋がっていったのである。

ウェイトトレーニングは、絶対に追い込まない。

インタビューの最初の方で、「ウェイトトレーニングでパワーをつけた」と、金井は語った。そう、彼にとって重要なトレーニングのひとつが、コレなのだ。継続することでカラダは確実に変わっていった。

「大学3年生の終わりから始めたのですが、最初は補助的な位置づけだったんです。本格的にやり始めたのは卒業前、4年生の冬から。週3回と決めて、行うようになったんです。ただ、よくある筋肥大を目的として高負荷をかけていくようなものではなくて、自分の中で陸上競技に繋がるようなやり方でやっています。たとえば、僕は絶対に追い込みません。目的の筋肉だけを鍛えたいときに追い込んでしまうと、結果的に他の筋肉まで動員させてしまうことになる。それが、走りにも表れると思うんです。後半、キツくなったときに、いろんな筋肉がバラバラに働いてしまう。そうすると、正しい走りができなくなってしまうんです」

このトレーニングをすることで、カラダのバランスが整ってきた。以前は脚のみで走っていた感じだったのに、今では全身を上手く使って進めるようになったのだ。そして、もうひとつ大きな課題になっていることがある。それが、技術の向上だ。
「今は、ハードルを越える技術ではなく、インターバルのランで、かなり後れを取っていると思っています。僕は地面を蹴るときに、足が後ろに流れてしまうんです。つまり、それだけ接地時間が長い。すると、後方に流れた足を前に出すのに、時間がかかる。切り返しが、かなり遅れてしまうんです。さらに、太腿を上げると、股関節が動くのでストライド(歩幅)が大きくなる。理想的には、太腿をあまり上げずに、足をできるだけ後方に流さずに、接地時間を短くすること。地面を蹴るのではなく、置くだけで進むイメージです。パワーが大きくモノを言う100mとは違い、110m障害ではこれだけでかなりタイムは縮むと思います」

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現在の金井の記録では、残念ながらオリンピックの決勝には残れない。少なくとも13秒2台が必要だ。そして彼には時間がない。タイムリミットは東京オリンピック。この舞台を最後に、彼は歯科医の道を進むことに決めている。もう2年を切った。
「僕は大きな目標は立てないんです。目の前の小さなことをひとつひとつクリアしていって、その先に東京オリンピックがあるという感じ。記録は最終的には13秒1台を目指したい。来年は13秒2台、再来年は13秒1台と、0.1秒ずつ縮められたらいいと、今は思っています」


●かない・たいおう 1995年生まれ。179cm、72kg。小学校3年で陸上を始め、5年、6年と北海道大会の80m障害で優勝。2012年、全国高等学校総合体育大会110m障害7位。13年、同大会5位。14年、アジアジュニア選手権で優勝。17年、関東インカレ、全日本インカレで優勝。18年、日本陸上選手権で優勝、日本記録13秒36を樹立。


Tarzan No.749 二度と太らない!掲載 〉
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴