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中村 克(競泳選手)インタビュー「自分がメダルを獲って、子供たちに希望を与えたい」

2018.04.17

日本で初めて47秒台を出し、その記録を今年更新したスイマーは、
日本人が戦えないとされた自由形の短距離で、世界のトップを狙っている。

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今年、年明け早々に、競泳界に2つの日本記録が誕生した。ひとつが、きららカップ2018の50m自由形での21秒87。もうひとつが、コナミオープンでの100m自由形での47秒87である。どちらも、中村克が打ち立てたものだ。2つとも、すばらしい記録であるのだが、とくに100mは驚異的とも言っていい。なぜなら、昨年、ハンガリーのブダペストで行われた世界水泳での2位のタイムとまったく同じなのである。

近年の日本の競泳を見てみると、世界を相手に互角に戦える選手が増えてきているのは確か。ただ、こと自由形の短距離においては、なかなかトップを競えなかったという事実がある。中村はリオデジャネイロ・オリンピックの100m×4リレーで、日本人として初めて47秒台を出した選手であり、そういう意味ではようやく日本の自由形が、世界と戦えるようになってきたとも言えよう。まず2つの日本記録について、彼に聞いてみた。

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「昨シーズンは夏に何もできなかったんです。高地トレーニングに失敗してしまって、カラダの反応も悪いし、疲れも取れないままで世界水泳に出場してしまった。だから、本来発揮できる力を出すことができずに終わってしまったんです。かなり悔しい思いもしましたし、今のカラダでは通用しないと考えるようにもなった。で、とにかくカラダを変えようと、練習方法や練習量をすべて変えました」競泳では9月がオフで、このときは、選手はほとんど泳がないし、唯一、練習のことを忘れて、遊べる時期でもある。しかし、昨年のオフ、中村は泳ぎこそしなかったものの、トレーニングを重ねた。普通、彼はオフでは朝早く起きるということはない。だが、このときは6時半に起床する、規則正しい生活を送った。

「起きたら、まず栄養補給のゼリーを飲んで、部屋でいろんな種類の腹筋を500回やって、腕立てもやりました。それからチューブを使ったいくつかのトレーニング。終わったら、公園まで20分ほどランニングをして、公園で懸垂をしたり、ジャンプ動作を繰り返したり。また走って帰って、水泳のストローク用のチューブがあるのですが、それを使って練習しました。だいたい1時間半ぐらいやって、ご飯を食べてようやくオフが始まる生活をずっと続けたんです。その結果、カラダは変わったし、動きの連動性も出てきた。

それで、今年も高地トレーニングをしたのですが、ベストに近いタイムが出たんです。ご存じのように高地は非常に厳しい場所で、低地と同じような練習はできません。そこでいい記録が出たので、自信にもなりました。だから、年明けてのレースも楽しみだったんです。今シーズンは日本記録も狙えると思っていたのですが、まさか早々に出てしまって、あのときは“えっ、今日じゃないだろ〜”って感じでした(笑)」中村はこの記録を出したとき、泳いでいる間、自分の泳ぎにダメ出ししていたという。今の動きはダメとか、上下の連動ができていない、とか。納得できない泳ぎで記録が出たということは、まだまだ伸びる余地があるということだろう。

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仲間と一緒に目標に向かう感じがよかった。

中村は小学校5年生のときに水泳を始めている。他の競技で「5年で始めました」と言われたら、“そうなんですか”の一言で終わるだろうが、こと水泳に限ってはまったく違う。明らかに遅いのだ。水中というのは、陸上とは環境がまったく異なる。これに慣れるためには、とにかく幼い頃に始めるのが一番。近年、オリンピックの代表になった選手は、ほとんどがそういう道を歩んできた。

「母親がライフセーバーを目指していたのですが、事故で泳ぐことが叶わなくなったんです。それで、代わりに僕が泳ぐよ、って。ただ、水泳で一番になろうなんて、大それた考えはありませんでしたよ。体育の授業の延長でした。だって、最初は選手コースに入るのを断られましたし、まわりはジュニアでバリバリやっている選手ばかりで、どう見たって勝てないことはわかっていましたしね」

この、まったくの素人を受け入れてくれたのは、後楽園スポーツクラブ調布のスイミングスクール。中村は通い始めることになる。ただ、始めたばかりの頃は、ウォーミングアップでバテて、プールサイドに上がって休憩し、練習でも泳いで上がってを繰り返していたようだ。

「ウォームアップが50mを1分のサークル(休憩を含め1分で50mを泳ぐ。45秒で泳いだら、15秒が休憩となる)で8本ぐらい泳いだのかなぁ。もちろん、そんなに泳いだことはなかったから、何もできなくて。キツかったですね。ただ、まわりにいくら凄い選手がいても、やめようとは思わなかったです。自分で決めたことですし、せっかく挑戦したことを投げ出しちゃうのって格好悪いじゃないですか。それに、泳ぐのは楽しかったから、速い人たちと競い合ってというのでなく、マイペースでやってましたね」

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中学校2年まではなかなか記録が出ず、全国中学校体育大会、いわゆる全中の存在すら知らなかった。ただ、この頃に東京・足立区に引っ越し、東京マリン舎人というスイミングクラブに入ったのが大きかった。いきなり100mでの記録が6秒も伸び、知らなかった全中にも、中学校3年のときに100m×4リレーで出場。見事、2位になったのである。そして、中学生のランキングも、5〜6位というところまで上がっていったのだ。

「(東京)マリン舎人には僕よりずっと速い選手がいっぱいいて、すごく刺激を受けました。練習はとても厳しかったのですが、僕は努力するのが好きなほうだし、仲間と一緒に目標に向かっていくという感じもすごくよかった。練習後は本当にヘトヘトになったんですが、水泳がどんどん楽しくなっていったんです」

中学では、日本で5〜6番の選手になった。だが、高校へ進学すると最初はまったく歯が立たなかった。2歳年上の選手はカラダも大きくて、速かったのだ。
「1年の夏ぐらいまでは、自己記録は更新していたのですが、やっぱりトップ選手との差は感じていましたね。ただ、高校生ってこんなに違うんだって、いい刺激を受けて、しっかりと練習ができたし、がんばることもできました。そうしたら、1年生の1月の試合で、50mの記録が1秒ぐらい更新できて、高校でのランキングも3番になった。そのときは、もしかしたら来年、インターハイで優勝できるかも、って思っていましたね」

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そして、その思いは現実のものとなる。高校2年のインターハイでは50mで優勝を飾る。そして、3年では50mで連覇を果たし、100mでは2位に入ったのである。ただ、高校でトップになったのだから、次は日本代表と思うのが普通だが、中村はそうは思わなかった。「正直、代表は難しいんじゃないかと思っていました。といっても、そんなに先のことはあんまり考えていなかったというのが、正直なところ。とにかく、ジュニアのときは、楽しんで水泳をしたいという気持ちが強かったんですよね」

そして、早稲田大学へ入学。水泳競技では有名校なのだが、中村は1年生のときに一時、水泳から離れてしまう。高校と大学では練習方法がまったく異なり、自分がやりたいことが、ほとんどできなかったのだ。そのため、泳ぎも崩れ、タイムも伸びず、練習から足が遠のいてしまったのだ。

「競技から逃げているときにいろんな人が心配してくれました。それに、自分もこれまで水泳一本でやってきて、このままやめてしまったら、何も残らないなと思ったんです。それで、もう一度やってみようと考え直し、コーチに自分がやりたい練習を話しました。コーチは理解してくれて、こんな練習も加えたらいいとアドバイスまでくれた。それでも、最初はなかなかうまくいかなかったんですけど、少しずつ調子が上がっていって、1年のときは日本のランキングが15位だったのが、2年で3位まで上がった。このとき初めて、日本代表になれるかもと考えるようになりました」

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大学3年で代表入りし、4年には100mで48秒41の日本記録を樹立して、リオでの47秒台、そして今年の記録へと繋がっていくのである。そして現在、中村は国立スポーツ科学センターを中心として練習を続けている。今回は彼が所属するイトマン東進のAQITという、日本初のオリンピック仕様公認競技用プールを備えるスポーツ施設で行われたのだが、そこでの陸上トレーニングには驚かされた。写真を見てもらえばわかるが、パンチを繰り出したり、ぶら下がって脚を頭上へ上げたり、懸垂をしたり。もちろんベンチプレスなどの基本的なフリーウェイトも、黙々とこなしていく。そして、出来上がったのが、まるで格闘技選手のようなカラダである。このカラダをさらに進化させて、2020年の東京オリンピックへと突き進んでいくのだ。

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日本人でも自由形で、世界と十分に戦える。

「オリンピックの100m自由形でメダルと言うと、誰でも“難しいんじゃないの、だって日本弱いじゃん”と答えると思います。でも、今の僕の記録でも去年の世界水泳なら銀メダルですし、あれはベストな状態で出したタイムではない。かなり疲労が残っているなかでのレースでしたから。だから、これからもっと伸びていくと思うし、コーチとは46秒台を狙っていこうと話しています。カギとなってくるのは、前半のラップとスタートの技術ですね。磨いていきたいと考えています。今、自由形をやっている子供たちは、世界とは戦えないと言われて、他の種目に行きがちなんです。だから、自分がメダルを獲って、子供たちに希望を与えたいし、日本人でも自由形の短距離で、世界で十分に戦えるというところを見てほしいと思っているんですよ」


●なかむら・かつみ 1994年生まれ。183cm、79kg、体脂肪率6%。大学3年時にパンパシフィック選手権に出場し、100m自由形で自身初となる48秒台をマーク。大学4年では48秒41の日本記録を樹立。2016年、リオ・オリンピックの100m×4リレーで、47秒99と、日本人初の47秒台をマーク。今年、47秒87で記録を更新した。


Tarzan No.739 筋肥大のヒミツ 掲載 〉
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴