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落合知也(プロバスケットボーラー)インタビュー「3×3は小さい選手でも勝てる。 目標はメダルを獲ることです」

2018.03.15

大学時代に将来を大いに期待されたが、進んだ道はモデルって何なんだよ!
破天荒で最高のノリの男は、オリンピックでの優勝までも狙っている。

落合知也

Bリーグ初代王者、リンク栃木ブレックスで活躍するのが、プロバスケットボーラーの落合知也だ。実は彼にはもう一つの顔がある。それが3人制バスケットボール3×3の日本代表という顔だ。3×3は2020年の東京オリンピックから、新種目として加えられることが17年に決定している。落合がスゴイのは、Bリーグと3×3の両方で戦っているという点だ。まず、5人制のBリーグの開幕は9月であり、翌年の5月までシーズンは続いていく。一方、3×3は6月にシーズンインして、9月までだ。つまり、落合は一年間ほとんど休みなくバスケットボールと対峙しているのである。ただ、この2つの競技はまったくの別物と思ってもらったほうがいい、と落合は語る。

「まず、5人制というのは、組織で守ったり、攻撃したりというのがあるので、チームスポーツなんですね。こっちがこう動いたら、相手はこう来るなんていう緻密な計算があるんです。3人制はそれがないわけではないんですが、より個人にフォーカスされる。あれだけのスペース(横15m×縦11m)があって、3対3なので1人に対する責任が大きくなる。誰かがやられたら、それをカバーする、組織で守るということがそんなにできないんです。あと、5人制だと攻撃に24秒かけられるけど、3人制では12秒しかない。攻守が切り替わったら、7〜8秒でゴールにもっていかないといけないんです。そのため、基本的にはワンパスで1対1の勝負になる。個々の能力が求められるんです。まったく違いますよね。だから、どっちも面白いし、どちらかのシーズンに入ったときに自分のマインドを切り替えるのが難しくもある。一年中ずっとプレイしていて、休みはほとんどないんですが、そんなに休みはいらないというか、自分の中では長く休むっていう感覚がまったくないんですよね」

落合知也

近年、オリンピックではさまざまな新種目が採用されている。サーフィン、スケートボード、クライミング、3×3もその一つ。これは、エックスゲームズを頂点とする、若者のスポーツ文化を取り入れて、オリンピックを活性化させることに狙いがありそうなのだが、落合は3×3がオリンピック種目になったことは、とても意義深いことだと思っている。

「スケートボードや3×3なんかは、もともとストリートで生まれた競技というか、遊びなんです。それがオリンピック種目になったということは、ストリートからオリンピック選手になれるという夢を、若者に与えることになる。これまでは、敷かれたレールの上でしかオリンピックに出場できなかったのが、5人制で活躍する場がなくても、3×3で行くことができるようになった。だから、この競技は若い人たちの可能性を大きく広げてくれたと思っています。アメリカでは、駐車場や空き地にバスケットリングがあるから、ボール一つでプレイすることができる。ブラジルのサッカーと同じようなものですね。今いる環境に左右されることなく、才能を伸ばすことができる。みんなに平等にチャンスが与えられる。それも素晴らしいところなんです」

落合知也

3×3の選手の生き方が、とても格好よく見えた。

9歳のときにバスケットボールを始めた。本当はプロ野球選手になりたかったし、兄も野球をやっていた。その頃から身長が高く、それを見込んだ友達がバスケットボールに誘ったのだ。で、いきなり試合に出場して、2点を奪った。

「ルールも知らないし、ホントまぐれで得点できたんです。すごく気持ちよかった。今でもボールがリングを通過したときの感覚を憶えています。これで“あっ、バスケやろう”って思ったんですね」

これは出身地の東京での出来事。この後、落合は小学校高学年になったとき、茨城県に引っ越し、地元にあった“けっこう”強いバスケットボールクラブに入ったのである。そして、なんと全国大会に初出場して3位になってしまう。けっこう強いぐらいのチームが、である。

「自分よりはるかに上手い選手とかがいっぱいいて、僕らも場に全然慣れていなかった。当たり前ですよね、初めてですから。それが、信じられないことに、あれよあれよという間に準決勝まで行ってしまった。ただし、準決勝では相手チームにボコボコにされて、やっぱスゲーな、って(笑)。結局、そのチームが優勝したんですが、僕らも地元の土浦市から表彰とかされて、“有名人になったんだなぁ”なんて子供ながらに思ったりして、ますますバスケが好きになったんです」

落合知也

ところが、入学した中学校のバスケットボール部は、顧問が元吹奏楽部というまったくの素人。練習にも来ない。そんなこともあって、やる気を失ってキャッチボールとサッカーの日々。それでも、落合個人は茨城県の選抜チームに選ばれるほどの選手に成長していった。そして、高校は推薦で強豪の土浦日本大学高等学校へと進学。ようやく、バスケットボールと真剣に向き合う日々が始まった。

「地獄でした。体力的にも、精神的にも追い詰められました。3年生が神様で、2年生が……って世界がまだ残っていたんですね。髪型もボウズは嫌だったので、がんばってマリモ(笑)。超ダサイです。一年間ほとんど休みなし。正月も合宿がすぐ始まっちゃうんで。チャリ(自転車)で通学していたんですけど“ここでコケてケガして入院すれば休めるな”なんてことまで考えてもいました。それでも、コケないでちゃんと体育館に行って……、実際、何を目標にしていたかわからない。先生に怒られないようにっていうのがあったかもしれない。いや、やっぱり根本にはバスケが好きってのがありましたね。1年のときから試合に出ていたんですけど、活躍すると気持ちいいんです。自分が勝利に導いたりしたときは、特に。今となっては、そんな感覚のために厳しい練習にも耐えていたように思うんです」

落合知也

インターハイではベスト8止まりだったが、落合のバスケットボールの素地が出来上がったのは、この高校時代だろう。そして法政大学へ。落合に言わせれば「強いのに、自由な感じ」が気に入ったらしい。

「ただ、自由というのが難しいんです。いろんな楽しいことが世の中にはありますよね。ほとんどの選手が、それでダメになっていく。僕は遊んでいたけれど、オンとオフというか、切り替えができるタイプだったし、遊んでいてツブれたと言われたくなかったので大丈夫だった。自由な分だけ、自分で得ることも多くなったし、それが僕にとっては大切な時間だったんです」

大学2年のときにインカレで準優勝し、翌年にはU-24の日本代表に選ばれる。しかし、これでシニアの日本代表へのステップアップだ、とは落合は考えなかった。「ぶっちゃけ、イケてねぇ」という目で実業団のバスケットボールを見ていたのである。格好よくないなら無理して行く必要もなし。それで選んだ職業が、なんとモデル。姉がモデルをやっていて、自分もできると思ったようだ。でも、当たり前だが、そんなに簡単に仕事が来るわけがない。実際は「フリーターです」というわけである。そして、この生活は約3年続き、その中でストリートボールリーグの存在を知るのだ。

落合知也

「3×3のリーグで、普段は音楽を楽しむクラブのような場所で試合をやっていたんです。イベントのようなものだから、スポットライトが当たったりして、やっていると気持ちよくて、こんな世界があるのかと思った。それに、一緒にプレイしているのは大学の4部リーグとかの出身なのに、ギラギラしていて、お金も全然もらえないのにしっかりトレーニングまでしていた。それが、格好よく見えたんですね。お客さんを入れた興行なので、人に見せるプレイというのも覚えたし、もう一度バスケットボールに向き合ってみようと思うようになったんです」

そして、大塚商会アルファーズへ、トライアウトにより入団。16年まで在籍した後に、Bリーグ発足の年にリンク栃木ブレックスへと移籍し、Bリーグ初代王者となるのである。もっとも、落合はこのシーズンは4試合しか出場していない。なぜなら、3×3の世界選手権で右膝の前十字靱帯を断裂してしまったからだ。それでも、優勝決定のときには、少しでもテレビに映りたいと、同じチームの日本を代表するプレイヤー・田臥勇太の横にずっとついていたというから、まぁ、子供の頃からの目立とう精神は、今に続いているといったところか。

「生まれて初めてケガをして、いろいろ考えました。栄養が悪かったからかと思って栄養の先生をつけたし、トレーニングが悪かったかと思ってしっかりやるようになった。寝る前にストレッチでセルフケアしたり、ウォームアップもクールダウンも入念にやるようになった。だから、ケガをしたのが幸いというわけではないのですが、いい機会だったんです」

落合知也

8チームしか出場しない。だから3回勝てば優勝。

落合は、もちろん20年の東京オリンピックを心待ちにしている。実は、5人制のバスケットボールは世界と戦えるだけの実力はまだないが、3×3はその実力を十分に備えているのである。

「目標はメダルを獲ることと、そのためには代表に選ばれることです。油断せず、謙虚に課題をひとつひとつクリアしながら、日々、前進していきたいですね。3×3は、日本人にとって比較的戦いやすいルールですし、小さい選手でも勝てる、番狂わせの起こりやすい競技でもあります。オリンピックには全部で8チームしか出場しないんです。だから、3回勝てば優勝です。もしかしたらですけど、日本にも可能性があるかもしれない。大番狂わせってことも、大舞台では起こりますから。だから、まずはそんなことを起こせるように、心身をしっかりと作っていきたいと思います」


●おちあい・ともや 1987年生まれ。195cm、95kg、体脂肪率11%。2007年、法政大学でインカレ準優勝。卒業後、ストリートボールチームUNDERDOGに参加。3×3の日本代表に選出される。13〜16年、大塚商会アルファーズに所属。2016-17シーズンより、リンク栃木ブレックスに移籍。チームはBリーグ初代王者に輝く。


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取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴