Dec10Mon

大橋悠依(競泳選手)インタビュー「もっともっと速くなって、オリンピックで金を獲りたい」

2017.10.22

中学、高校と派手な成績を残せなかった。大学に入って泳ぎを向上させ、今年、爆発的な活躍を見せた彼女は、3年後の東京で世界の頂点を狙う。

大橋悠依1

今年4月に行われた水泳の日本選手権で、とてつもない記録が生まれた。女子400m個人メドレーで、大橋悠依が日本記録を3秒24更新する4分31秒42で、見事、優勝を飾ったのである。これは、昨年行われたリオデジャネイロ・オリンピックの銅メダルに相当する記録である。ちなみに、リオで銅メダルだったスペインのミレイア・ベルモンテガルシアのタイムは4分32秒39だった。

ところが、このオリンピックには、大橋は出場していない。昨年の4月に行われた日本選手権兼リオ・オリンピック代表選考会で、高橋美帆、清水咲子に敗れて3位となり、切符を逃したからである。いわば、彼女は今年花開いた遅咲きのスイマーで、彼女自身も今年の日本選手権前の朝日新聞の取材に「私はまだほとんど知られていない存在です。“えっ誰それ”という感じでメダルを獲ったら面白いですね」と語っている。まずは、この大会について聞いてみた。

大橋悠依2

「日本選手権の前、2月〜3月にスペインに高地トレーニングに行っていたんです。2320mぐらいの標高で、すごく大変でした。呼吸ができないというか、とにかく苦しい。吸っても、吸っても、空気を吸えない感じがあって、そのなかで泳いでいるので、カラダが動かなくなるキツさでした。キツすぎて泣いた日もありましたね(笑)。それで、全日本の2週間ぐらい前に下りてきたんです」

「実は、昨年のリオの選考会に落ちたときから、来年は代表には確実に入りたいねと、平井(伯昌)先生と話していましたし、年末の練習のときも“4月は日本記録を狙わないと、多分2位以内には入れないよ”と言われていたので、とにかくそのつもりで練習していました。それで、2月にあった大会で35秒台が出ていたので、普通に泳げば、日本選手権では記録が出せるなって思っていましたね」

現在、日本代表のヘッドコーチを務める平井氏は北島康介をはじめ、現在へと続く日本の競泳選手を数多く育て上げた、いわば日本競泳の牽引者である。近年、日本が強くなったのは、平井氏の力によるところが大きい。そして、大橋も彼に見出されて、ひとつひとつ教えを実行し才能を開花させていったのだ。狙った通り日本選手権で優勝した彼女は、世界選手権出場の切符を手に入れ、この舞台でも200m個人メドレーで自己ベストを2秒以上も上回る2分7秒91の日本新記録で、銀メダルを獲得したのである。

大橋悠依6

「世界選手権の前にも、同じ場所で高地トレーニングをしたんです。2回目です。このトレーニングは苦しいですけど、そこでしっかり追い込めれば、結果は出るという手応えは感じていますね。やっぱり高地から下りてくるとすっごい楽なので、気持ちも上がりやすいと思っています。ただ、筋力が落ちやすいんです。だから筋力トレーニングをやるのですが、酸素が少ないのでやり過ぎるとパワーが出なくなって逆効果になる。ただ、平井先生は何十年もの経験があるので、ちょうどいいバランスで指導してくださるんです」

「それで、体調万全で試合に臨んだんですが、大会の1日目、2日目に200m個人メドレーがあって、すごくやりやすかったし、疲れもなく挑めました。確か、2日目の最後の種目が200m個人メドレーだったのですが、その前に小関(也朱篤)さんと(池江)瑠花子がメダルを逃してしまい、“2日目でメダルがないのはイヤだな”って思っていたんです。それで、獲りたいな〜って考えていました(笑)。予選ではルナ(今井月)が前の組だったのですが、選手が出ていくとウワァーって歓声が上がって、すごい盛り上がりに圧倒されましたが、とりあえず落ち着こう、と。それがあったので、意外と決勝は、“すごいなぁ〜”ぐらいに思って、落ち着いて泳げました」

初めての世界大会で、ここまで落ち着いて周りを観察することができる。この冷静さも、大橋の武器なのだろう。

大橋悠依3

平泳ぎは力を抜かないと進まない種目だと知った。

6歳のときに2人の姉についていくように、水泳を始めた。最初は友達がいるからという、遊びの延長で地元・滋賀県の彦根イトマンスイミングスクールのクラブに通っていた。そして、小学校3年生のときから、ジュニア・オリンピックなどの大会に出場するようになる。

「もともとクラブが個人メドレーに積極的だったんです。背泳ぎをやっていたのですが、小学校5年のときにバタフライを泳ぐようになって、個人メドレーにも出場するようになりました。それで、中学校1年のジュニア・オリンピックの200m個人メドレーで初めて決勝に残って、3年生で優勝できたんです。背泳ぎから個人メドレーにしたのは、やはり結果が良くなってきたということがあるんでしょうね」

ただ、全国中学校水泳大会では優勝を飾れなかったし(3年生のときに200m個人メドレーで3位)、3年生のジュニア五輪の優勝も、その同時期に開催されたジュニア・パンパシフィックの代表選手が出場していなかった。「だから本当の優勝じゃないんです」と、大橋ははっきり言う。そして、滋賀県立草津東高校に進学。1年時は新しい生活のサイクルに慣れず、「勉強もがんばっていた」ので、なかなか成績を残せなかった。

大橋悠依4

「高校2年生のときに、ジュニア・パンパシフィックの日本代表に選ばれたんです。そのとき、また代表チームに入りたいなと感じました。それが、水泳選手としてやっていきたいと、初めてぼんやり思ったときでしょうか。でも、インターハイでは2年生のときに200m個人メドレーは3位、3年生のときは200m個人メドレーが3位で400(m)は5位でしたね」

この成績は、将来、日本代表になれるかなれないかといった微妙なところ。ところが、ジュニア・パンパシフィックの大会を通して、大きな出会いがあった。

「平井先生が監督だったんです。お話しする機会があって、そのとき、“大学はどこを考えてるの”といった進路についての話をしてもらえました。先生は私のどこが気に入ったのかって? ジュニア・パンパシフィックのとき、200はダメだったんですが、400で自己ベストが出たんです。多分、それを見たからじゃないでしょうか」

泳ぎが大きく、手足が長いところに平井氏は注目していた。そして、大橋は平井氏が水泳部の監督を務める東洋大学の門を叩いたのである。ところで彼女には、ひとつ苦手にしている種目があった。それが、平泳ぎである。北島を育てた平井氏のアドバイスや、自分自身で北島の泳ぎを研究することで、大学に入学してから、少しずつ技術は向上していった。

「映像を見たり、泳いでいるとき、今、カラダはこうなっているな、みたいなことを感じるのはすごく得意なので、その感覚を生かして修正していきました。平泳ぎでの、手と脚のタイミングがずっとわからなくて、実は進まなさそうなタイミングのほうが進むというか……。難しいけど、平泳ぎは力を抜かないと進まない種目で、それまで頭の中にはそういう概念がなかった。だから、それは新しい発見でしたね」

大橋悠依5

萩野さんと練習するだけで、それが自信になりました。

大学の1年先輩には、同じ競技を行う萩野公介がいた。ご存じだろうが、リオでの400m個人メドレーの金メダリストである。これもまた、大橋にとっては大きな出会いとなった。

「リオの選考会前は400をやり始めてすぐだったんです。大学では100、200、400でメニューが分かれているんですが、400の練習をずっと萩野さんとやった時期があって、“自分が萩野さんと一緒にやるの? えーっ”みたいに思ってました。でも、練習ができるようになると、やれるって感じましたし、萩野さんと練習をしているだけで、それが自信になりました」

ただ、練習量が高校のときの倍以上になり、太れない体質だったこともあり、2年になると貧血気味になってしまった。これが、記録を阻んだ原因のひとつであった。しかし、これも鉄分のサプリメントを飲んだり、食事をしっかり摂ることで改善した。そして今年、大学4年生になり、世界と戦える選手になったのだ。

現在、大橋は東洋大学総合スポーツセンターのプールで練習している。日々、どんなことを行っているのであろうか。

大橋悠依7

「シーズン前に追い込むときは、多い日は8000mぐらい泳ぎますね。ゴールデンウィークのころは、50m×20回×3セットとか、50mと100mを9セット繰り返すとか。これは、もう、キツイです(笑)。種目ごとの選手でやるから、負けられないですしね。あとは、大学入って始めたウェイトです。筋肉はだんだんついてきたかなって感じです。ずっと続けてきてパワーはついたと思います」

来年大学を卒業して、東京オリンピックの年は25歳になる。選手としては、体力、技術力、精神力ともに充実する年齢だろう。あと約3年間をどのように過ごし、オリンピックへ繋げていくのか。

「今年、世界の舞台でメダルを争うレースができたのは、すごく大きいです。メダルを獲る気持ちよさとか、喜びも知ることができた。でも、(金メダルを逃すことが)どれだけ悔しいかも知りました。それを含めて、いい経験になりました」

「来年にはパンパシフィック、再来年には世界選手権があって、東京オリンピックになる。だから、まず19年の世界選手権で優勝して、オリンピックでも金を獲りたいです。そのためには、壁の蹴りを強くしたい。外国人選手はもとからカラダが強いので、ターンの蹴りも強いけど、日本人はウェイトやジャンプ系のトレーニングで強くするしかない。だいぶ身についたのですが、それができれば、もっともっと速くなれると思っています」


●おおはし・ゆい 1995年生まれ。174cm、54kg、体脂肪率14%。2016年、リオデジャネイロ・オリンピックの代表選考会で3位。オリンピック出場を逃す。今年、日本選手権400m個人メドレーで4分31秒42の日本記録で優勝、7月の世界選手権では、200m個人メドレーで2分7秒91の日本記録で2位となる。東洋大学水泳部所属。


Tarzan No. 728 走る、燃やす、強くなる! 持久力UP! 掲載 〉
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴