Apr29Sat

喰うか喰われるか、灼熱炎天の101km。2016UTMB/CCC REPORT

2016.10.11

上田瑠偉は賢く戦った、世界一の100kmレースで表彰台に上がった。

いちばんの大事、そのデバイスで「Across The Mountains」を検索してもらいたい。すんなり〈YouTube〉につながって壮大な楽曲が流れ出てくるはずだ、どうせなら大音量に。今回この報告はこの曲なしには始まらない終わらない。さあ。

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世界一といわれる『ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)』はエンターテインメントとしてもお見事、メインとなる種目にはテーマソングが用意されている。スタート時のMCの盛り上げ上手にプラスして、大音量で鳴り響くそれは遙かなる旅に走り出す選手を勇気づけ、涙を流すほどに熱く激励する。
また選手が全力を尽くしてシャモニ・モンブランに凱旋するときにも、この曲が街中に轟き渡る。選手はフィニッシュに続く花道で歓声と万雷の拍手とそしてこの賛歌に迎えられ、待ちわびた恋人や家族と抱き合う。

目の前に走り来る汗と泥にまみれた選手の艱難辛苦を、そして彼・彼女が力の限りを尽くしてそれらを乗り越え、この街に無事に帰還したことを、この曲はこれまた熱く伝える。沿道の人々は胸を震わせ、瞳をうるうるさせる。
UTMBの種目のひとつ101kmの「CCC」のテーマがこの『Across The Mountains』、2004年のオリバー・ストーン監督映画『アレキサンダー』のサウンドトラックだ。

「UTMB」170kmに2007年より参戦し12位、4位、3位、7位、10位の記録を持つ鏑木毅に「日本の宝」と言わしめる日本トレラン界のサラブレッド上田瑠偉。だが2015年のCCCでは暑さにやられた。脱水とオーバーペースがたたり、スタート後にはトップ争いを演じたもののふたつ目の山、グラン・コル・フェレで順位を落とす。本人曰く、実力の50%も発揮できなかった。

CCCはスタート直後わずか10kmのうちに標高差1338mを駆け上がり、コース最高峰テト・デ・ラ・トロンシェ(2571m)を乗り越え、その先でUTMBと同じコースを、そう悪名高きグラン・コル・フェレ(2537m)を上ってゆく。標高差累積はUTMBの1万mに対してCCCは6100mと少ないが、距離101㎞の中に標高2000m以上の山や峠が6つもあり、そのうちのふたつは前述の通り2500mを超える。距離が短いぶん高速レースとなり、平地で速いことはもちろん、どれだけ速く山を駆け上り、駆け下れるかが勝敗を決する。CCCは世界一の100kmレースである。

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どうすれば失敗するか、身をもって知っている。

上田瑠偉はこの1年、このCCCに向けて密かに刃を研いできた、昨年の失敗を無駄にはしていない。トレーニングでは「ぶっ通し5km上り」を心がけ、積極的に国内外のバーティカルレース(短距離・急斜面駆け上がり)に参戦した。低酸素トレーニングを積み、血中酸素濃度が低下したときの呼吸法も学んだ。
CCCのコース、外国の強豪選手の力量はわかっている。なによりの強みは、どうすれば失敗するか、これを身をもって知っていることだ。

CCCはモンブランの山腹を貫く12kmの長いトンネルを抜けたイタリア・クールマイユールからスタートする。8月26日(金)朝9時、この『Across The Mountains』がクールマイユールの谷あいに大音量で流れ出る、カウントダウンとともに瑠偉は自信満々でスタートゲートを飛び出していった。

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最初の山でありそしてコース最高峰のテト・デ・ラ・トロンシェを真っ先に上がってきたのは上田瑠偉、1時間25分13秒。残り90kmもあるというのに標高差1338mをキロ8分10秒のペースだ。だが、去年の瑠偉とは違う、勝ちを急いでいるわけではない、周囲のペースにつられているわけでもない。前に誰もいない方がマイペースを保てるからという理由で先頭を走っているだけ、余裕である。トロンシェを下ると、世界一美しいといわれるフェレ渓谷に沿って平坦なトラバースが13kmほど続く。ここではトップ集団はほぼ等間隔に並んだ、途中のステーションで水を飲んだり、浴びたりするごとに順位が入れ替わる、そのくらいの接近戦のまま、ついにグラン・コル・フェレ標高2537m。

去年はこの上りで急に足が動かなくなり、激しい痙攣に泣いた。暑いことはわかっていたが、ドライすぎて発汗に気づかず、給水が足りなかった、そして意識せずともオーバーペースだったのだ。暑さに負け、自身のオーバーペースに負けた。
今年も暑い、いや昨年以上に暑い。120kmの「TDS」では出場1794名のうち734人がリタイア、170kmのUTMBにいたっては2555人のうち1087人がフィニッシュできない。今年のUTMBは壮絶とも言える灼熱炎天であった。
今回、瑠偉はカラダを冷やすことを心がけた。首に保冷タオルを巻きつけ、山でも村でも水場を見つけてはザブザブ頭からかぶり、手足を濡らし、びしょ濡れのまま走り続けた。

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瑠偉はフェレの上りでもマイペースを貫いた。ここで勝負をしかけ足を使い切ってしまったら元も子もない。しかも標高2537mからの下りは、えんえん20kmも続く、この壮大な下りをなにごともなく走り切る走力を残しておかねばならない。この上りでミシェル・ランヌが先行したが瑠偉は無理についていかない。
スタートの後、選手がサポーターたちに再び姿を見せるのは、フェレから10kmぶっ通しで下ったラ・フーリー。スタート後4時間22分、トップであらわれたのはミシェル、4分遅れてディミトリオス・セオドラカコス、さらに2分遅れて上田瑠偉がやってきた、トップと6分差の3番手、いい位置にいる、元気そうだ。

この先14kmのシャンペ・ラクではじめてサポーターは選手の世話をできる。14時48分、ミシェルがシャンペ到着、ベンチに座りもせず水を補給しただけで出ていく。2位に浮上したものの瑠偉は離されていた、18分後に姿をあらわす、あきらかに消耗している。サポーターは氷水に浸したバスタオルでカラダを覆いさらに水をざぶざぶかける。功を奏して回復が早い、5分ほどで飛び出してゆく。CCCはここシャンペが55㎞地点、もう半分だ、残り3つの山を残すだけ、いよいよ勝負が始まる。

このとき瑠偉もサポーターも気づいていなかったが、後続のジュリアーノ・カバーノとクレマン・モリエが3位争いに火花を散らし、少しずつ瑠偉との距離を縮めてきていた。
次のエイドは16km先のトリアン、ラ・ジエット1884mを越えた先にある。瑠偉は好調だ、この区間でミシェルとの差を11分までに詰めた。ここでも氷水タオルをカラダに巻きつけ、頭から冷たい水をかけてもらった。瑠偉は滞在6分、ミシェルは滞在4分、残りの山ふたつ。

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あいつには追いつけない、そう思わせたら勝ちだ。

18時29分。最後のエイド、バローシンヌにミシェル到着。1分ほどで飛び出していった。瑠偉は16分遅れ18時45分に到着。この前の区間で飛ばし過ぎたのか、再びミシェルに離されている。もうシャモニまで19km、残す山はひとつ、屏風岩のようにそそり立つラ・テト・オゥ・バーン2116mだ。瑠偉は5分ですべてを整えエイドから走り出していく、そのタイミングで駆け込んできたのが順位を上げたジュリアーノ。えらく勢いがいい、獣のような目で瑠偉の背中をにらみつけた。すぐ後ろに4位クレマン、こいつもまだまだ元気。うわあ、瑠偉よ、ケツに喰らいつかれたぞ!

地元シャモニのヒーロー、山岳救助隊員ミシェル・ランヌにとってラ・テト・オゥ・バーンから先はもはや庭、完全ホーム。ラクに走れる。が、そのミシェルには瑠偉の姿は見えない、追撃の瑠偉には有利だ。
しかし、その瑠偉の背中は3位ジュリアーノに見えている。屏風岩の上りを駆け上がる瑠偉、ストックワークを駆使して鬼の形相で追い詰めるジュリアーノ。その差はつづら折りの一段違いにまでなった。乾坤一擲、ここで瑠偉は大勝負に出る。もう100%を出し切っているにもかかわらず、最後の最後を絞り出す、ジュリアーノから見えるところではあえて速く走り、力強くパワーウォークを見せつけ、余裕をかます。ラ・テト・オゥ・バーン山頂まで、足の速さ強さをとことん見せつける。ついにジュリアーノは諦めた、あいつには追いつけない。

メンタル勝ち、ジュリアーノを退けた瑠偉は山頂の先で「ミシェルは6分先」と教えられる。ジュリアーノから逃げた勢いはミシェルとの差を詰めていた。追いつけるかもしれない。瑠偉は夕陽に染まるモンブランを目の前に、その麓シャモニを目ざして全力で駆けていく。

シャモニの街は騒然。CCCの終盤のトップ4人の壮絶な戦いは街の誰もがUTMBのウェブの追跡サービスで知っている。これまでの流れから、最後の下りで順位が変わってもおかしくはない。いちばんで帰ってくるのは誰だ?
シャモニの街に『Across The Mountains』が流れ出した。フィニッシュでMCが叫び始めた。ゲート横の液晶大画面に花道の手前、商店街が映っている、通りの両側は勇者を迎える人、人、人。ライブカメラは選手の姿をとらえた、MCがミシェル・ランヌの名を叫ぶ。凱旋とはこのこと、テーマ曲と歓声と拍手に迎えられてシャモニのスーパースターが帰ってきた。ミシェルが愛児を高く抱え上げる、奧さんを抱きしめ、大会ディレクターと挨拶し、世界中のメディアにビデオと写真を撮られる。CCCトップを讃えるイベントの途中で、再び『Across The Mountains』の音量が上がった、2位が帰ってくる。

2番目は誰だ。瑠偉か、ジュリアーノか、クレマンか? MCの声はジャポネ・リュイ・イエーダと聞こえる。うわあ、瑠偉だ! 液晶画面にシャモニの商店街を走る上田瑠偉が映し出された。夕暮れのシャモニにテーマ曲が響き渡る。12時間15分20秒。上田瑠偉はCCCのトップ10選手の中で誰よりも速く、最後の山を駆け下りてミシェルとの差を5分16秒にまで詰めていた。


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Tarzan No.705 LSDランの底力 掲載〉
取材・文/内坂庸夫 撮影/藤巻 翔、小関信平