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棟朝銀河(トランポリン選手)インタビュー「競技の通過点のひとつとして、 オリンピックで金を獲りたい」

2017.05.21

体操とトランポリンを並行して行っていた少年は、中学校2年のときに道を絞る。日本人としては初の難度点18.0をマークして、目指すは東京オリンピックだ。

Ginga Munetomo

昨年行われたリオデジャネイロ・オリンピックのトランポリン競技に初出場して4位に入賞したのが、棟朝銀河である。トランポリンは、アクロバティックな空中演技で、2階建ての家を飛び越える高さ7〜8mにも上昇し、驚異的な技を次々と披露する。試合では10回の跳躍で演技を行い、それぞれの難度点と演技点、跳躍時間点によって得点を競う。棟朝は日本人として初めて難度点18点台をマークした選手で、メダルの期待も高かった。まずはオリンピックについて聞いた。

「自分の演技自体は普段通りに臨めたと思います。ただ、観客の盛り上がり方が世界選手権とはまったく違った。世界選手権だと、トランポリンを知っている人が多いのですが、オリンピックは知らない人のほうが圧倒的に多い。そうなると、もう何でもない宙返りをやっただけで、オーッって盛り上がるわけです。だから、試合というよりは、お祭りのような雰囲気だと感じていましたね。ただ、オリンピックは思い切り楽しんでやろうと思っていたのですが、カラダは正直だった。予選で脚を攣ってしまったんです」

Ginga Munetomo

これまでのトランポリン人生で、3度目の経験だった。めったに起こらないことなのだ。本人の分析によれば「単純に力んでしまったのだろう」とのこと。今回のリオでは、予選で2回の試技を行い、その後30分の練習を挟み、決勝が始まる予定だった。ところが蓋を開けてみれば、テレビ中継の関係で、予選の後は練習をする間もなく、すぐに決勝。脚はトレーナーのおかげで、どうにか動くようになったが、まだ試練が残っていた。

「予選では難度点を17.3に設定していて、決勝は三回宙(返り)を5本使った18.0の構成をやろうと思っていたんです。それで、とりあえず予選だということで、予選前の朝の練習では三回宙をまったくやっていなかった。そして、予選で脚を攣ったので“どうしようかな”って悩んで。でも、ギリギリのところで回復したので、決勝前に練習すれば、と考えていたところ、全く時間がないという事態になってしまったんです。それでもメイン会場で30秒だけは練習できたので、そこで高難度構成にしよう、と判断しました。演技中は力を入れて踏んだら、すぐ攣りそうだったので、攻め切れてないようなところはあったんじゃないかと思っています。ただ、4位というのは、自分の実力やこれまでの順位からすると上出来な感じです」

Ginga Munetomo

トランポリンでは、演技度を審査する演技審判員と、難易度を審査する難度審査員によって演技が評価される。つまり、陸上のように、速く走った選手が勝ち、という明確さはない。自分が十分に成功した演技を、審査員があまり評価してくれなかったということもあり得るわけだ。

「まぁ、そういうこともありますね。でも、自分ではいい演技だと思っても、それが点数として出なかったら、第三者が客観的に見るとダメだったんだなと納得しますよ。多分、僕は競技に対する考え方が、他の選手とは違っている。全然、“負けず嫌い”じゃないんです。競技を何でやっているのかと、ふと考えることがあるんです。そのときにオリンピックで勝ちたいだけじゃないというのが僕のなかにはある。そもそも、トランポリンを始めたきっかけが、ピョン、ピョンと跳ねて、“あっ、楽しい”と思ったことなんです。それで、今も単純に楽しくてやっているだけなんで……。ただ、トランポリンをやっていくうちに、自分の演技を認めてもらいたいという思いも出てきた。そうすると、自分が納得できればいいというだけでなくて、トランポリンのルールに合わせた戦い方が必要になる。実際、自分は難度を攻めるのが好きなんです。でも、今は難度点は等倍で加算されるのに対し、演技点は3倍される。つまり、難度を上げるよりは演技点を上げたほうが圧倒的にいい。だから、自分のスタイルが少しずつ変わってきていることも、実は感じてはいるんですよね」

Ginga Munetomo

いろんな技をやらないと、通用しないと感じた。

3歳のときに体操を始める。幼稚園の年長のときにトランポリンのあるクラブで初めて跳んだ。これが面白かった。そこで、週6日、体操クラブに通い、ときどきトランポリンを行うようになる。さらに、同時にやっていたのが水泳だ。

「小学校1年までは3つともやっていたのですが、本気でやるなら、どれかに絞らないとダメだなと。そこで、関連性の薄い水泳をまずやめた。その後は、体操とトランポリンを続けていました」

小学校2年生になると、週6の体操と週2のトランポリンというルーティンができてくる。そして、本格的に始めて1年、3年生のときに全日本ジュニアトランポリン選手権で優勝するのである。ここまでは順風満帆。でも、この年の11月に、膝を疲労骨折してしまう。

「やったのが軟骨で、これはなかなか治ってくれないらしいんです。手術をすれば確実に治るけど、手術をしないと数%の確率でしか回復しないと、医者に言われた。でも、親は手術が心配で自然治癒の道を選んだ。そこから、1年ぐらいはまったく競技から離れていましたね」

Ginga Munetomo

軟骨には血管、リンパ管、神経が通っていないため、自然治癒は大変難しいとされている。ところが、棟朝の場合は完全に折れているのではなく、ヒビが入った状態だったため、奇跡的に回復したのだ。幸運。そして、小学5年生のときに全日本年齢別選手権に出場する。

「3年生で優勝しているのでなんとかなると思ったのですが、全く決勝にも残れず、下手くそなんだ、オレって感じ(笑)。でも、シンクロ(シンクロナイズド競技=2台のトランポリンで2選手が同時に同じ演技を行う)で2位に入ることができて、初めてオランダで開催された世界年齢別選手権に出場できたんです」

そこで中学生ぐらいの少年が、補助をしてもらってだが、三回宙返りをしているのを見た。とんでもないヤツが世界にはいるなと思った。自分も難度を求めてやっているのに、それ以上のことを軽々とやっている。

「いろんな技をやっていかないと通用しないと、そこで感じたのかもしれません。で、小学校5年生のときにオーディションを受けてオリンピック強化選手に選ばれたんです。そこで、子供の夢じゃなくて、明確にオリンピックに出場したいと思うようになりましたね」

Ginga Munetomo

このとき、棟朝はまだ体操と並行して行っていた。こちらは小学6年生のときに東日本ジュニア選手権で銅メダルを奪取している。そして、中学校1年で体操と決別して、トランポリン一本に絞る。驚くのは2009年、中学校3年生のときには、08年に行われた北京オリンピックで最高難度といわれた構成をできるようになっていたことだ。

「高校1年のときにユースオリンピックに出て銅メダルを獲ったんですが、行く前はたかがユースだし、大したことないと思っていたんです。ところが、選手村もちゃんとあって、会場もすばらしい。オリンピックって、こんなにお金がかかってるんだ、ユースでこれぐらい凄いんだということを実感して、より行ってみたいという気持ちになりましたね」

目指すはロンドン。と意気込んだが、圧倒的に実力が違う2人がいた。伊藤正樹と上山容弘である。予選で棟朝が演技を完璧に決めて、上山が大きく失敗したときのみ出場権が得られるというほどの差だった。

「ロンドンのときは普通に出られないなと思っていました。このとき日本選手はメダルを獲れなかったのですが、オレが次のリオでメダルを最初に獲るチャンスだと考えていました。ただ、負けず嫌いではないので、出られなかったから、こんだけ練習してやる、チクショー!というのはまったくなかった。その代わり、大学に入ってから、いろいろ計算したときに、難度点を下げたほうが、総合的には点数が出ることに、ついに気づいた(笑)。それで普通の大会は16.6の難度点でやって、攻める大会は18.0で演技するようになりました」

そして、これがリオへと繫がっていくのである。

Ginga Munetomo

これから必要になるのは、圧倒的な技の完成度。

さて今、棟朝は東京の国立スポーツ科学センターをメインに、練習を行っている。練習時間は約2時間。休憩を挟みつつ、演技構成の一部を行ったり、技の向上を目指している。すべての演技を通しで行うことは、それほどない。最大で体重の10倍ものGがかかるため、カラダに大きな負担となるからだ。トランポリン選手は腰を痛める人が多い。そして、もうひとつ取り組み始めたことがある。

「中田(大輔)コーチがオリンピックを見た感想で、もっとバンバン練習できるカラダを作らなきゃダメだということになって、サーキットトレーニングを行うようになりました。腹筋40回、バーピー15回、脚上げ背筋30、トランポリンの上で40秒ダッシュ、腕立て35回……、これを休みなしで3セットやる。トランポリンに必要な体幹も鍛えられますし、この時期に基礎の部分を作っていきたいんです。かなりきついんですけど(笑)」

もちろん、棟朝がこれだけの練習をしっかりとこなすのには理由がある。3年後に迫った、東京オリンピックである。

「競技の通過点のひとつとして、オリンピックで金を獲るというのはあります。そのために必要なのは、圧倒的に技の完成度ですね。難度は足りていないということはないので。完成度が上がれば、高さも出せるようになるし、そうすればより難度の高い技にも挑戦していけると思います。より高く跳べるということは、滞空時間がそれだけ長くなりますからね。とにかく、日本選手権や世界選手権をしっかりと戦っていって、3年後に繫がっていけば、目標を達成できる可能性は十分にあると考えているんです」


●むねとも・ぎんが 1994年生まれ。165cm、55kg、体脂肪率8.4%。小学校3年生時に全日本ジュニア選手権で優勝。5年生時には全日本年齢別選手権のシンクロナイズド競技で2位に。世界年齢別選手権に出場。2016年トランポリン・ワールドカップで銅メダル。リオデジャネイロ・オリンピックでは4位入賞。


Tarzan No.718 「筋育」のススメ 掲載 〉
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴